『ミートボール』の食品添加物にまつわる話

食品添加物の神様と言われている、『安部司さん』が、どうして会社を辞めて講演会活動をするようになったのか、有名な話です。少々長いですが紹介しておきます。

【私の人生を変えたミートボール事件】

その日は長女の3回目の誕生日でした。

当時の私は絵に描いたようなモーレツサラリーマン。午前様が当たり前で、家で食事をすることもめったになく、だからこそ娘の誕生日ぐらいは日頃の埋め合わせをしなければと、仕事を早々と切り上げて帰宅しました。食卓には妻が用意したご馳走が、所狭しと並んでいます。

そのなかに、ミートボールの皿がありました。
可愛らしいミッキーマウスの楊枝がささったそれを、何気なく口に放り込んだ瞬間、私は凍りつきました。

それはほかならぬ、私が開発したミートボールだったのです。

私は純品の添加物ならほぼすべて、食品に混じりこんでいるものでも100種類ほどの添加物を、舌で見分けることができます。いわば「添加物の味きき」「添加物のソムリエ」と言ったところでしょうか(ただ、ワインのソムリエと違い、あんまりなりたいという人はいないでしょうが……)。

コンビニの弁当などを食べるときも、
「このハムはちょっと『リン酸塩』が強すぎるな」
「どうしてこんなに『グリシン』を使わなくてはいけないんだ」
などと、ついつい「採点」をしてしまうくらいです。

そのミートボールは、たしかに私か投入した「化学調味料」「結着剤」「乳化剤」の味がしました。

「これどうした?買ったのか?××のものか?袋見せて」

慌てて訊くと、妻はこともなげに「ええ、そうよ。××食品のよ」と答え、袋を出してきました。

間違いありません。自分の開発した商品でありながら、うかつにもミッキーマウスの楊枝と、妻がひと手間かけてからめたソースのために、一見わからなかったのです。

「このミートボール、安いし、○○(娘の名前)が好きだからよく買うのよ。これを出すと子どもたち、取り合いになるのよ」

見れば娘も息子たちも、実においしそうにそのミートボールを頬張っています。

「ちょ、ちょ、ちょっと、持て待て!」

私は慌ててミートボールの皿を両手で覆いました。父親の慌てぶりに家族は皆きょとんとしていました。

「パパ、なんでそのミートボール、食べちゃいけないの?」
ミートボールの製造経緯に思いをはせていた私は子どもたちの無邪気な声にはっと我に返りました。

「とにかくこれは食べちゃダメ、食べたらいかん!」
皿を取り上げ、説明にもならない説明をしながら胸がつぶれる思いでした。

ドロドロのクズ肉に添加物をじゃぶじゃぶ投入してつくったミートボールをわが子が大喜びで食べていたという現実。

「ポリリン酸ナトリウム」
「グリセリン脂肪酸エステル」
「リン酸カルシウム」
「赤色3号」
「赤色102号」
「ソルビン酸」
「カラメル色素」……。

それらを愛する子どもたちが平気で摂取していたという現実。
このミートボールは、それまでの私にとって誇りでした。

本来なら使い道がなく廃棄されるようなものが食品として生きるのですから環境にもやさしいし、1円でも安いものを求める主婦にとっては救いの神だとさえ思っていました。私が使った添加物は、国が認可したものばかりですから食品産業の発展にも役立っているという自負もありました。

しかし、いまはっきりわかったのはこのミートボールは自分の子どもたちには食べてほしくないものだった、ということです。

そうだ、自分も、自分の家族も消費者だったのだ。

いままで自分は「つくる側」「売る側」の認識しかなかったけれども自分は「買う側」の人間でもあるのだ。

いまさらながらそう気づいたのです。

その夜、私は一睡もできませんでした。 

添加物のセールスこそが自分の生涯の仕事と決め日本一の添加物屋になってみせると意気込んでここまでやってきた。添加物で日本の新しい食文化を築こうと本気で考えていた。しかし、自分の「生涯の仕事」は、何かがおかしい。

なんのためらいもなく、添加物を売りさばくことしかなかった自分。
営業成績が上がることをゲームのように楽しんでいた自分。
職人の魂を売らせることに得意になっていた自分……。

たとえは適切ではないかもしれないが、軍事産業と同じだと思いました。

人を殺傷する武器を売って懐を肥やすあの「死の商人」たちと「同じ穴のむじな」ではないか。
このままでは畳の上では死ねない……そう思いました。



(出典:食品の裏側 みんな大好きな食品添加物 安部司 著)